「技術流出によって日本のテレビは負けた」「何でも自社で手掛ける垂直統合体制が悪かった」……。こうしたテレビ事業の敗因分析がいかに的外れで浅はかなものか、筆者はこれまでの連載で示すように努めてきました。
前回は、北米第2位のテレビメーカー、ビジオ(VIZIO)社と設計・製造受託企業の台湾・瑞軒科技(AmTRAN
Technology、アムトラン)の緊密な協力関係に触れました。
アムトランが製品のメーカー(売り手)に不利ともいえる取引ルール「VMI(Vendor Managed
Inventory)」を許したり、物流や在庫管理を引き受けたりする裏には、設計・製造受託企業と最終製品を販売する企業の間の「情報の非対称性」を減らせるという見返りがある、という内容です。
今回は、米国・台湾・韓国の企業が「サプライチェーン全体として勝つ」ことを目的に採っていた秘密の約束の存在を解説します。
この密約は2010年末頃に終了しています。
しかし、この種の約束(協力関係)を構築できなかった日本のテレビメーカー(ベンダー)が、いかに“世間知らず”で、サプライチェーン全体のことを考えていなかったかが分かるでしょう。もっと言えば、いかに独り善がりで事業展開していたかを示す良い証拠だと筆者は考えています。
■密約で値下げに応じる
「ビジオは“損失補填”をしてもらっていた」(アムトランのライバル企業社員)。この話を2011年に初めて聞いた私は、「さもありなん」と思いました。自動車業界の一部で続いていたある慣習を知っていたからです。
国内自動車メーカーの一部は、部品や素材のサプライヤーが一定の利益率以上もうけないように納入価格を調整します。上半期にもうけ過ぎたサプライヤーには、下半期において特に低い価格での納入を求める。これによって年間として「一定の利益率」を実現するわけです。
アムトランとビジオは通常公開しない入金情報などを共有しています。この特別な間柄ならば「競合他社に勝つための特別値引き」も容易にできるなと思えましたが、同時に疑問もわきました。「テレビの市販価格の急落に翻弄されてアムトランもビジオも十分な利益を得られていない。誰が値引きの原資を提供するのか」という疑問です。
それをアムトランのライバル企業の社員に聞くと、答えは明瞭でした。
「韓国LGディスプレーだよ」。同社は、ビジオに大量の液晶パネルを提供しているメーンサプライヤーです。LGディスプレーは2010年までは利益をしっかりと出していました。そして黒字を多少減らしても、工場稼働率を安定的に高い水準に保ちたいという思惑もありした。LGディスプレーには韓国サムスン電子のように安定して大量の液晶パネルを買ってくれる上客がいなかったからです。
■トップ同士が決める
複数の取材の後、筆者は「ビジオのテレビの市販価格が、ある水準以上急落すると、LGディスプレーが一定の金額を値引きしてビジオやアムトランの損失を軽減するという口約束が、2010年末ころまであった」ことをほぼつかみました。この中で決定的だったのが、アムトラン社員の証言です。
「あぁ『市価急落対応値引き』ね。あったよ。経営トップ同士が話し合って決めて、僕には決定事項として降りてきていた。LGディスプレー―アムトラン―ビジオは運命共同体みたいなもの。協力しなければ生き残れない。別にこの3社が特別だったというわけじゃない。台湾の液晶パネルメーカーである友達光電(AU
Optronics)や奇美電子(Chimei Innolux)だって、大口顧客に対してやっていたそうだから」
日本のテレビメーカーから注文を受けるEMS/ODM企業や液晶パネルメーカーの人にも、私は話を聞きましたが、日本企業に対する「市価急落対応値引き」は存在しなかったという証言だけが集まりました。
その原因を、台湾の液晶パネルメーカーの社員はこう推定しました。「経営者同士の信頼関係が弱かったり、目標を共有できていなかったりしたからじゃないの……」
■謎の記述「Provision」
LGディスプレーは上場企業なので決算書が公開されていますので、それを読み込んでみました。
「市価急落対応値引き」が将来の値引きであると見なされていれば、負債として記述しなければならないからです。何かしらあるはずだと思いながら決算書を精査すると、それと思しき記述がありました。「Provision(引当金)」です。
Provisionには、世界各地の公正取引委員会が課すと予測される罰金やプロモーション費などが含まれると決算書には書かれています。
LGディスプレーの同項目の総額は2009年末で3680億ウォン、2010年末で6435億ウォン。それぞれの総額は売上高比で1.8%、2.5%と巨大ではないものの、顧客の「損失を軽減する」という目的であれば十分な額にみえます。
なおLGディスプレーからProvisionに関して、決算書以上の情報を得ることはできませんでした。
上述の「市価急落対応値引き」は、液晶パネルメーカーが軒並み苦境に陥ったことで消滅しました。
今後、液晶パネルに代わるどのサプライヤーが、市況悪化の際でも経営に壊滅的なダメージを与えないような仕組みを提供できるのか、もしくは、そうした役割を担ってもらうために自らが何を実行すべきかを、日本のテレビメーカーは素早く考えるべきでしょう。
厳しくいえば、日本のテレビメーカーは、世界のテレビ業界におけるルールにあまりにも無知でした。基本的なルールすら把握せずに世界市場で戦えると簡単に考えていたフシすらあります。
最後に、日本人なら「あこぎ(あくどい)」と口走ってしまうような取引がテレビ産業には存在することを指摘します。具体的には、EMS/ODM企業が買った液晶モジュールを、設計・製造の依頼主でないテレビメーカーに転売(横流し)するケースがあることです。
■パネルの転売・横流しで購買力をつける
EMS/ODM企業はこれによって収益を得られるばかりか、液晶モジュールの購買力を維持・向上できます。一方、ソニーのように本来は強い購買力を持っている企業にとっては、その強みをそぎ取られる行為にほかなりません。
事例を示しましょう。例えばEMS/ODM企業のA社がソニー向けのテレビを作るために液晶モジュールを大量に買い付ける。液晶モジュールメーカーはその要求に応じて、高品質品を市場最安クラスの価格で納入します。しかし実際には、納入品の一部が中国のテレビメーカーに転売される。ソニーはその中国テレビメーカーと中国市場で競争するが、ソニーは固定費が重荷となり価格競争で中国企業に負けてしまう――。
むろん転売で稼いでいるEMS/ODM企業は一部に限られます。しかし、こんな証言もあります。
「大手のEMS/ODM企業もこうした取引に手を出しています。彼らは公式に問われれば否定するだろうけど、状況証拠はいっぱいある。大手EMS/ODM企業の一部に納入した商品を、中国のテレビメーカーが保有していて技術サポートを要求される、といった事態が当社ではよくあります」(台湾の液晶パネルメーカーの社員)
転売行為を抑止するにはどうやら2つの方法しかなさそうです。
第1はEMS/ODM企業の在庫を解消するためテレビメーカーがリベートを払うか、あるいは大きな注文を出すこと。第2は、テレビメーカーとEMS/ODM企業の経営者同士が目標を共有することです。これまで書いてきたように、日本のテレビメーカーには第2の方法が欠けています。
テレビなどのAV機器や家電製品など民生機器産業において、世界最先端の技術はさほど重要ではありません。大抵の技術は模倣され2~3年で優位を失うからです。
しかし経営者間の信頼関係は違います。行動次第では10年単位で優位をもたらします。ですから筆者は提案します。「自社オフィスに週に3日以上いた役員は問答無用でクビ」。こんなルールを運用してはいかがでしょうか。
まず社外に出て、部品メーカーやEMS/ODM企業、販売店と徹底的に対話をする。日本の民生機器メーカーの復活は、こんな行動の変化から始まるはずです。
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